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京都 長州藩邸跡 酢屋 [旅日記]

 先週の水曜日、大津の実家に帰省したついでに、少しだけ京都河原町の史跡を訪ねてきました。 

 実家ではちょうど母が膝の骨折で入院していたのが退院してきたところで、帰ってもあまり出歩くことは出来ないと思ったので、京都に到着した足で直接地下鉄に乗り、旅行鞄とリュックを両手で抱えたままほんの小一時間、御池通りから三条、四条と河原町通りや木屋町通りを散策してきました。

 まず最初は、ホテルオークラ前にあるという長州藩邸跡桂小五郎の銅像を訪ねました。

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 地下鉄の京都市役所前で降りて、地下からホテルオークラに入り、階段で地上に出て少しうろうろ探すと、正面入り口の左手にありました!

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 桂さん、想像以上に堂々とした立派な姿ですね~☆

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 こうして見ていると谷原章介さんに結構似ているような(笑)

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 足元に説明もあって、ちゃんと吉田松陰の門下生と記してありますね~


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 桂さんの像と反対側の正面の右手に、珍しい円形の京都の地図も見つけました。

 京都の街ってホント碁盤の目なんですよね。 京都生まれの私は、だから関東に行ったときより酷い方向音痴になってしまったのかもしれないと思いました(笑)

 ホテルオークラ付近を巡ったのはは今回が全くの初めてでした。 でも、御池通りを超えて河原町通りをちょっと先に行ったところに朝日カルチャーがあって、昔はここの絵画教室に通っていたので、御池通り手前まではホームグランドだったんですよね。 ほんの目と鼻の先にと思うと、とても不思議な気がしました。


 それから、河原町三条通りから一筋南に下ったところにある酢屋も訪れました。 

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 ここは、龍馬が京都を訪れたとき定宿にしていた材木商だそうで、現在もお椀など置いている木工創作のお店として営業が続いています。

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 二階は龍馬の記念館として普段史料など公開していると聞きましたが、残念ながら訪れた日は水曜。 定休日で店は閉じていたので、外観だけ記念に撮りました。

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 それから、木屋町を高瀬川沿いに四条方面を目指して下っていきました。

 これだけは見ておかなければ!と、すでに一昨年の正月に訪れたところですが、河原町に戻って近江屋跡にもう一度立ち寄りました。

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 コンビニ前なので人の行き来が激しくて写真を撮るのも一苦労。 気がつくと、碑の右側のガラス戸に一応龍馬の写真が貼ってありますね~

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 とにかく、合掌・・・ここで龍馬と中岡が志半ばで絶命したかと思うと、騒がしい場所でも一瞬厳粛な気持ちに浸ってしまいます。

 また少し歩いて四条大橋へ。

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 橋から懐かしい南座を見たときはもうくたくた。 重い荷物が肩に食い込んでもうこれ以上は歩けない~状態でした^^;

 本当はまだこの先、余裕があったら霊山護国神社に行って龍馬と中岡慎太郎の墓参りをするつもりでしたが、祇園四条から徒歩25分・・・しかもかなり険しい道と聞いていたので、ここであえなくリタイアしました(涙)

 神社からは、京都の街を一望できる高台からの眺めも素晴らしいと聞いていたので、とても残念でした。 でも、今度訪れたときの楽しみにとっておくのもいいかもしれません。 次回帰省の折にはきっと行くと思いながら・・・

 今回の帰郷では、何はともあれ、年老いた両親の元気な顔を見られたのが一番の収穫でした。 

 
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京都 寺田屋、近江屋跡 [旅日記]

 ようやく、実家から帰ってきました。 大津はとにかく寒くて、ほとんど毎日雪というのがつらかったです><

 今年の正月は、暮れに母が股関節を骨折して突然入院してしまい、見舞いや家事手伝いで忙殺されました。 でも、幸い手術は無事成功し、現在リハビリ中で経過も悪くないのが不幸中の幸いでした。 とにかく家族がこうした節目に会えることが何よりありがたいということをあらためて感じた正月でした。

 そんなわけで家族の絆を深められたのはよかったと思いつつ、全く観光らしいことは何ひとつできなかったのは少し寂しかったです。 そこで、その埋め合わせに、実は昨年の正月帰省したとき、両親と一緒に龍馬関連の京都史跡めぐりに出かけていて、そのとき撮った写真をようやく父から譲り受けてきましたので、お見せしようと思います。

 一年遅れのほんのささやかな旅行記ですが、よろしければしばしの間お付き合いくださいませ。


 とにかく、大河の龍馬暗殺の記憶がまだ生々しい頃でしたから、何よりまず伏見の寺田屋に行こうと言うことになりました。

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 伏見南浜町の川沿いにある船宿の寺田屋。 ドラマでも龍馬が船に乗ってやってきて川からあがる場面があったことを思い出しました。 川沿いの酒蔵と柳の木・・・今見ても趣があって当時の面影が十分感じられました。 

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 寺田屋の正面入り口です。 正月二日でしたが、年配の方から若い人、学生さんまでとにかく大勢の観光客が訪れていました。 

 中には寺田屋騒動のときの刀傷、龍馬の絵姿の掛け軸、龍馬の書状など、龍馬関連の品々が目白押しで展示されていました。 去年の春亡くなられた龍馬の父親役の児玉清さんも訪問なさっていて、写真が飾られていたのが印象に残っています。

 そして、ぴっくりしたのは、今でも宿屋として一般の人が泊まれるということ。 こんな史跡旅館に泊まれるなんて、何だかすごい贅沢ですよね~☆ 

 ・・・と言いつつ、写真撮影が禁止だったか何か(あるいは父が撮らなかっただけか)で、内部の写真が全くなくてすみません~m(_ _)m 

 それから京阪電車で三条に移動して周辺の史跡を見て回りました。

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 まずは、三条を少し上がったところにある武市先生の寓居跡です。 ああ、京都ではこの辺にいたんだと思うとしみじみ眺めてしまいました。

 そして、河原町を四条方面にずっと下っていくと・・・

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 細い路地を少し入ったところに、後藤象二郎の寓居跡も見つけました。

 先客の観光で来ていた男性とちょっと立ち話。 彼も大河を見ていて象二郎ファンということでした。 当時まだ大河の余波が残っていた頃のせいか、路地裏を歩き回る観光客をあちこちで見かけました。 


 そしていよいよ龍馬暗殺の地、近江屋跡へ。 

 わかりにくくて相当右往左往しましたが・・・

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 河原町に面したコンビニの前で、立て看板と石碑をようやく発見☆

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 繁華街のど真ん中で、全く面影はなかったのですが、ここで龍馬が落命したと考えると、厳粛な気持ちになり思わず手を合わせてしまいました。 

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 最後に行った池田屋跡です。 同じ池田屋という名前の居酒屋になっていて、これは容易に見つけることが出来ました(笑)

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 しかし、この三条から四条付近の河原町に、龍馬関係の史跡だけでもこんなにあったとは・・・!

 この界隈は、昔面白い本屋や古本屋が山ほど軒を連ねていて、京都市内の高校に通っていたとき、毎日のように下校途中に入り浸っていました。

 池田屋付近は、昔よく見に行った大きな映画館、後藤象二郎の寓居付近は洋書の丸善近江屋の付近は昔輸入の美術書など沢山置いていた京都書院がありました。 知らないうちに毎日龍馬が暗殺されていたところをうろうろしていたかと思うと、なんだかとっても不思議な気がしました。

 年老いた両親と一緒ということもあり、このとき回ったのはほんの僅かでしたが、京都は史跡の宝庫なので、今度機会があったら帰省したときまた他の場所も訪ねてみたいです。 そう、確か桂さんの銅像も河原町にあったはずですし、それから龍馬の墓も・・・本当見たいところは尽きないです。

 またレポを書く機会もあるかもしれませんが、そのときはまたお付き合いいただけると幸いです♪

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長崎 三日目 唐人屋敷、出島、猫 [旅日記]

 長崎三日目、今度こそ本当に最後の旅日記です。  

 この日は正午長崎を発つ予定だったので、午前中の僅かな時間を利用して長崎最後の観光にと出島を訪れることにしました。

 天気はやや回復して曇り。 市電に乗って築町で降りると、ちょうど目の前に昨夜夕食をとるため訪れた新地中華街の北門、玄武門が見えました。

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 門を横目に見ながら歩き出すと、道の傍らに「唐人屋敷はこちら」と書かれた道標を見つけました。

 そう言えば、出島だけでは時間が余ると思い、それじゃあついでに唐人屋敷にでも行ってみるか☆と急遽予定を変更することに(笑) 

 唐人屋敷跡は坂の上にありました。 やっぱり長崎は坂の町ですね~

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 入り口に一番近いところに建てられた土神堂です。 こじんまりとしたお堂の中には土地の神様が祀られていました。

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 土神堂の門の下で見かけた猫です。 

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 おっとりとした子で、近寄っても全然動ぜずこの通り(笑)

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 坂を上がろうとしたら、 電柱の傍らにまた猫が☆

 唐人屋敷では、本当によく猫を見かけました。 やっぱり坂の多い地形が猫も身を隠しやすくて暮らしやすい環境だからでしょうか?

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 坂のかなり上のほうに位置する天后堂です。

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 お堂に祀られていた右端の像は、関帝という三国志の関羽が神格化した神様だそうです。 

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 こちらは天上聖母と書かれていました。 マリア観音と言うことでしょうか?

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 階段を下っていくとまた猫を発見しました☆ すぐに路地裏の細い通路に逃げてしまいましたけど・・・

 
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 これもまた坂の上のほうに建っていた観音堂です。

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 お堂に祀られていた観音様です。 優美でエキゾチックで、これもどことなく大浦天主堂のマリア像に似ている気がしました。

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 お堂に飾られた提灯も中華風で美しかったです。

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 屋敷跡で最後に訪れた福建会館です。 今までの中では一番大きい堂々とした煉瓦造りの建物でした。

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 中庭には孫文の銅像もありました。 

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 こちらは表門です。 裏門から入ったのでこの表門から外に出て唐人屋敷を後にしました。

 さて、やっと本来の目的地の出島に到着です☆

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 まず出発点の建物、出島神学校です。 こちらはチケット売り場になっていてお土産屋さんやレストランもありました。

 江戸時代200年に渡りオランダ人の居住区だった出島は、19世紀度重なる湾岸工事のために自然消失してしまい、現在の出島は、1996年以降再建された新しい建物だそうです。 出島の復元計画は現在なお進行中で、完全に昔の姿が蘇るまでには、まだ長い年月を要するとのことでした。

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 庭園には、19世紀当時の出島を復元した精巧な模型も展示されていました。

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 こちらはオランダ商館長の住まいを再現したカピタン部屋の内部です。 畳に西洋風の調度品が置かれているのが面白いですね~。 

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 同じくカピタン部屋の内部の食堂です。 

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 こちらはもっと大きな宴会部屋。 豪華な西洋料理がずらりと並ぶ様も再現されていました。

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 こんな豚の頭の丸焼きまで・・・(笑) 日本でありながら、食事は完全に西洋風だったのですね。 

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 当時の宴会の様子を伝える可愛いミニチュアもありました。


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 これは、一番船船頭部の二階、オランダ船(一番船)船長が宿泊した部屋です。 ここでも畳部屋にベッドが置かれていました。

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 一番蔵二番蔵なども見て回りました。

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 内部は当時の荷がつまれている様子なども再現されていて

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 当時の扮装をした倉庫の番人が入り口を守っていました。

 蔵の一部は展示室になっていて、当時の史料がいろいろと展示されていました

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 左はケンペル著の『日本誌』、右はシーボルト著の『日本』から、出島の見取り図です。 日本国内の文献が乏しいので、主にこうしたオランダ人の手による文献を元にして出島の復元作業が進められているそうです。

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 左は鯨油、右は樟脳。 当時の日本の特産品で外国に輸出されていました。 樟脳と言えば、ドラマのなかでも弥太郎が後藤様に命じられて樟脳がとれるクスノキの本数を調べさせられていましたね~

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 地球儀と天球儀です。 以蔵や高杉が喜びそうな品物ですね~笑

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 こちらは日本から外国へ向けての布見本です。

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 柄物も。 とにかく細かいです!

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 こちらは砂糖、 左から三温糖、ざらめ、黒砂糖です。 江戸時代では砂糖はとにかく貴重だったのでしょうね~

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 そして、美しい珊瑚も。 装飾品の材料として珍重されたというのがよくわかります。

 当時の書籍も英語の辞書、オランダ語の辞書等々、多数展示されていました。
 
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 オランダ船の主任医師だったツェンペリー著の『日本植物誌』です。
 
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 『蘭学事始』です。

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 『解体新書』もありました。

 また旧石倉(海援隊ゆかりの地だそうです)では、「龍馬と海と出島」というプチ企画展も催されていて、実際に龍馬が外国との取引の商談で出島を訪れたこともあったと書かれていました。 龍馬と出島って余り結びつかなかったのですが、考えてみると彼は海外進出を夢見ていましたから、関連が全くなかったということはあり得なかったのですね~。 他に長崎海軍操練所、大浦慶についても書かれていました。

 最後に、出島内外クラブのレストランで昼食を食べました。

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 鯨の串カツに、ジャガイモ、干ししいたけ、ニンジンなどの野菜がたっぷり入ったヒカドと言うスープが付いたランチが、何とたったの800円☆ お得なうえにとても美味しかったです♪

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 オマケと言っていた割には結構長くなってしまった最後の旅日記・・・最後までお付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m

 初めての旅日記でしたが、結構楽しかったのでこれで味を占めてしまいそうです。 また、ちょっとした史跡を訪ねたときなど記事が書ければ☆なんて思っています(笑)

 と言いつつ、また当分は通常のオタクな記事に戻ります。 また拙い絵をお見せすることになりますが、お気が向いたらまたお付き合いください♪
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長崎 二日目午後 花月、福砂屋 [旅日記]

 いよいよ旅も終盤です。

 長崎二日目の午後は、何とこの旅一番のゼイタク、史跡料亭の花月でお料理をいただきました。 その後、やっぱり長崎と言えばかすてぃら~☆ということで、地元で一番人気の福砂屋でお土産を買い、それから、ぶらぶら史跡めぐりをしながら、最後に長崎まちなか龍馬館を訪れました。

 崇福寺を出てから、オランダ坂を上がって、丸山へ。

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 いかにも花街丸山という提灯がずら~っとぶらさがる家々を眺めながら歩いていくと

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 花月が見えてきました!

 ここが幕末期に龍馬をはじめ多くの志士たちが頻繁に訪れたという料亭なのですね☆

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 「史跡 花月」と刻まれた石碑も立ってました。

 予約の時刻まで少し間があったので、近所の丸山公園の龍馬の銅像を見に行きました。

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 珍しくきちんとこぎれいな格好をした龍馬ですね(笑) 長崎を訪れてビジネスマンとなった龍馬をイメージしたのでしょうか。 何だか少し福山龍馬ににているような気もしました。

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 そして、懐の拳銃の膨らみもしっかりと確認☆ どこに行ってもソウルメイトのあかしは見逃しませんよ~(笑)  

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 約束の時刻になったので、いざ花月へ。 女将さんが玄関先で出迎えてくれました。 わ~ドキドキしますね~☆ 

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 お料理をいただいた二階の部屋から、広大なお庭を眺めることが出来ました。

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 春になるとサツキの花が一斉に花開くという見事な日本庭園でした。

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 卓袱料理のお弁当です。 お決まりの白いモチと紅いかまぼこが入ったお吸い物から始まって、珍しいサザエと松の実の和え物、香ばしいローストビーフ、じっくり煮込んでお箸で切れるほど柔らかくなった豚の角煮等々、和洋中のさまざまな凝ったお料理が目にも美しく舌を楽しませてくれました♪ 

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 デザートがまた格別に美味しくて気に入りました♪

 江戸時代にはとても貴重だったという長崎の砂糖をふんだんに入れた、卓袱料理定番の甘~いお汁粉、葛か何かでとろみをつけた葡萄、ビワ、梨がのったカラメル味のパンナコッタが滅茶苦茶美味でした☆

 お料理を運んでこられた仲居さんに『龍馬伝』のロケの様子を伺うと、ドラマの料亭の場面はセットでこちらは実際に撮影で使われることはなかったと教えていただきました。

 ただ、スタッフの方々が訪れて内部を念入りに取材してセット作りの参考にされたと言うことでした。 道理で、料亭内の様子がドラマでよく再現されてたなぁと納得☆

 それから、個人的に福山雅治さんが家族連れでお越しになることもしばしばあると聞きました。 そう言えば、崇福寺のロケのインタビューで伊勢谷さんや余さんが「花月で卓袱料理を食べて、龍馬さんの柱の刀傷も見た」と言っておられましたね~ 

 お料理を食べ終わった後、仲居さんの案内で料亭の中を見せていただきました。

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 まずは「龍ノ間」。 龍馬が酔っぱらって付けたと言われている刀傷が残る柱を見ました。

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 それから、勝海舟が訪れると必ず泊まることになっていたという「月ノ間」にも案内してもらいました。

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 「月ノ間」には勝先生の書が掲げられていました。 「安分以養福」とは、「節度をもって生きることは幸せである」という意味だそうです。

 料亭内の一部は博物館のようになっていて、そこに展示された龍馬にまつわる品々や貴重な美術品の数々を見ることができました。

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 画家の木下逸雲が描いたという美しい植物画です。 1861年料亭に滞在したときに描いた絵だそうです。

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 こちらは、高知の桂ケ浜の龍馬像の小さなレプリカです。

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 廊下を歩いていると、高杉と龍馬と弥太郎の写真を発見しました☆ 何だか龍馬をはさんで三角関係のような微妙な配置ですよね~(笑)

 龍馬と弥太郎は当然として、高杉の写真も飾られているということは、彼が訪れた可能性もあるということでしょうか? ドラマのように二人がここで会っていたかもしれないと考えると無性に嬉しくなりました♪

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 と言うわけで、高杉と龍馬の写真のツーショットも記念にパチリ☆

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 見るものを存分に見せてもらって満足したところで、最後に店を出る前に、花月と書かれた大きな提灯がぶらさがる玄関の写真も撮らせていただきました。 さすが史跡料亭というだけあって、お店の方たちのサービスぶりは完璧でした☆

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 その後、お土産を買いに行くために、長崎出身の友人がカステラと言えばここが一番と教えてくれた福砂屋を訪ねました。

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 店内に置かれたガラスケースの中には美しいアンティークグラスが沢山展示されていました。

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 こちらは、「雛道具」と書かれていたのですが、豆粒のように小さい精巧なグラスにうっとり見とれてしまいました。

 花月を出た後、徒歩で市電の思案橋付近に行き小曾根邸の跡を訪ねました。 

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 ビル街の一角に、やっと石碑を見つけました。

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 そのすぐ裏に、お龍さんと月琴の像がありました。

 お龍さんは一時期小曾根の家に滞在していたので、それにちなんでここに銅像が建てられたのでしょうか。 少し寂しげな様子は、ドラマの最終回で龍馬の帰りを待ちながら月琴を弾くお龍さんの姿と重なりました。

 この近所は、全国各地の藩邸が立ち並んでいた地区と聞いていたので、長州藩邸跡を探してみました。

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 行ったりきたりしてやっと発見しました☆  説明によると、萩藩(長州藩)邸は、敵対する小倉藩の藩邸とちょうど向かい合わせに位置していたそうです。 それが関門海峡を挟んで長州と小倉が対立しあう様と似ていたので、ここを巌流坂と称したと書かれていました。 

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 ぶらぶら散策していて出会った龍馬と上野彦馬の石像です。 

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 近くに名所眼鏡橋が見えていました。 確かに、雨が降っていても長崎は絵になりますね~

 雨はなかなか降り止まず、そろそろ外回りも限界と思ったので、一旦駅方向に戻って長崎歴史文化博物館を見て、それから、この日最後の目的地、長崎中央商店街の十字路近くにある長崎まちなか龍馬館を訪れました。

 大型電気店の地下につくられたこの博物館は、おととし『龍馬伝』の放映に合わせて作られた比較的新しい観光スポットでした。

 入場してすぐ龍馬の生涯をダイジェストで紹介するスライドショーのコーナーがあり、さらに階下に下りると龍馬関連の品々が数多く展示されていました。

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 清風亭会談のとき使われた屏風やお道具です。

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 『龍馬伝』の関係者の色紙も多数展示されていました。

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 ひときわ目立ったのは、青木崇高さんの写真と色紙です。 確か彼は大河を放映中にトークショーのために長崎に来られたんですよね。

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 長崎市長と一緒に写った青木さんの写真です。 いい顔をしていますね~☆ 彼の後藤は大迫力で不動の地位を築きましたよね。 

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 ついでなので大友啓史さんや福山雅治さんの色紙も☆

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 他にもいろいろな方のサインを見かけたのですが、ひときわ目を引いたのは本田博太郎さんの色紙です。 味のある文字が実に個性的ですね~笑

 館内で初老の係員の方とお話をしました。 今でこそ「長崎というと龍馬」と言われるけど、ちょっと前まではそうでもなかったと。 そう言えば、私も高校の修学旅行で来たときは、グラバー邸には行きましたが、あとは平和公園とか原爆資料館とか・・・龍馬の龍の字もありませんでした。 また彼は、現在は龍馬が長崎の町に活気を与えてくれているので希望が持てる、 もっとブームが続いていてほしいものだと話しておられました。 全く同感です~!

 それから、私が館内に展示されていた小曾根乾堂の写真が本田さんにそっくりだったと話すと、「小曾根家のご親戚も大河を見てあまりご本人にそっくりだったのでびっくりしておられました」というような面白い逸話も聞かせていただきました(笑)
 
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 ここでの最後の写真になりますが、勝海舟と龍馬の銅像です。 ドラマでも強い絆で結ばれていた二人・・・仲良く並ぶ姿をしみじみと鑑賞しました。

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 ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます!

 これで最後・・・と言いたいところですが、もう半日神奈川に帰る最後の日に、唐人屋敷出島を少しだけ観光しました。

 ほとんどオマケのような内容ですが、最後の旅日記、また見ていただけると幸いです♪
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長崎 二日目午前 亀山社中記念館、崇福寺 [旅日記]

 いよいよ旅は後半。 長崎二日目です。  また写真が膨大になってしまったので二回に分けて書いていこうと思います。

 この日は天気予報どおり朝から雨。 午前の日程は、亀山社中記念館付近、それから崇福寺を訪ねました。

 市電に乗って新大工町で降り、小雨の降りしきるなか、龍馬通りの坂の階段を延々と上っていきました。

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 道の両側は普通のお宅やお墓が。 こんなきつい坂道を龍馬たちはしょっちゅう上り下りしていたのですね! 

 あと何メートルと言う表示をいくつも越えて、ようやく亀山社中記念館にたどり着きました。

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 まだ閉館前で扉は閉まっていたのですが

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 傘を差して龍馬が出迎えてくれました。 思わず「雨の日に着物姿でお疲れ様」と声を掛けると、「いえ、慣れていますので」という返事が(笑) やはり「長崎は雨だった~♪」と歌にもあるように、長崎は雨の日が多いのでしょうか?

 ここは、幕末に亀山社中が暮らしていた当時の建物を出来るだけ忠実に復元していて、部屋には龍馬ゆかりの品々が多数展示されていました。

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 座敷に入っていくとまず目に付いたのは、龍馬が着ていたといわれる坂本家家紋入りの着物。 この黒の着物は龍馬のトレードマークですね。

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 それから、ここにも高杉からもらったスミス&ウェッソンの拳銃のレプリカが☆ またまたソウルメイトのあかしを発見です♪

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 それから、こちらも当時の写真を参考にして復元したという龍馬のブーツがありました。

 見るからに大きなサイズで、やっぱり龍馬はでっかい人だったのだと思いました。

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 お龍さんが愛用していたと言われている月琴も。 その名の通り月のように丸い形が優美な楽器ですね。

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 こちらは、龍馬が常に腰に帯びていたと言われている刀の復元です。 

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 萩でもあちこちで見かけた、明治の画家の手で量産されたという龍馬の絵姿の掛け軸も飾られていました。

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 座敷の奥の部屋にははしごが掛けられていて、上っていくと中二階の隠し部屋の中を覗き見ることが出来ました。 まるでグラバー邸の隠し部屋みたい☆と興奮しましたが、 ここも龍馬が身を隠していたこともあったと言われています。

 亀山社中は元々亀山焼の窯元に建てられていたそうで、龍馬愛用の亀山焼きの飯碗や湯呑、それから龍馬の手紙なども展示されていました。 ただ、入り口に一番近くの座敷以外撮影禁止でお見せできないのは残念です。
 
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 名札まで再現されてたのはよかったですね~当時の雰囲気をよく伝えていました。

 記念館を出た後、すぐ近くにあると教えてもらった龍馬のブーツを見に行きました。

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 噂通り大きなブーツです(笑)

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 最近作られたスポットだそうですが、眺めもなかなかよかったです♪

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 ふと下を見ると、また猫を発見☆ よく見るともう一匹いて、朝出されたゴミ袋の権利を争っていました(笑)

 その後、近くの亀山社中資料館にも立ち寄りました。

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 ここは龍馬ファンの有志の方たちが運営している施設で、先ほどの亀山社中記念館では撮影禁止だった亀山焼の茶碗が展示されていて、壁にも幕末の志士の写真がびっしりと貼られていました。

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 これは龍馬が27歳の若い頃に撮ったと言われている写真です。 左が龍馬、右が彼が通っていた道場の指南役と説明に書かれていました。

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 ここにも龍馬の書いた手紙の複製が沢山展示されていて、これはその中のひとつ、薩長の密約の裏書です。 う~ん、たとえ複製でも感慨深いですね~・・・

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 これも感慨深い船中八策。 ドラマで龍馬がきらきらした瞳で読み上げた場面を思い出してじ~んとしてしまいました。


 意外に資料館を早めに出られたので、ちょっと大変と地元出身の友人に聞いていたのですが、風頭山の頂上近くの公園に龍馬の銅像があるというので見に行くことにしました。

 途中雨が激しくなったり風が強く吹き荒れたりで遭難の予感さえしましたが

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 こんな崖の横の階段ものぼって・・・

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 ようやく龍馬と対面できました☆

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 3メートルもの巨大な像ですが、どこかやんちゃ坊主のようにも見える愛嬌がある龍馬ですね~笑

 少し後方に、司馬遼太郎の文学碑も発見しました。

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 龍馬が長崎に船で到着したとき「長崎はわしの希望じゃ」と陸奥に向かって語った『竜馬が行く』の一場面の引用文が刻まれています。

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 本当だと長崎の街が見下ろせたのでしょうが、天気が荒れていたので景色もほとんど霧がかかってぼんやりとしか見えませんでした。

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 近くにあるというので寄ってみた上野彦馬のお墓です。 彼の撮影した写真は、萩、長崎のどちらの地でも沢山目にしていたので、彼のおかげで幕末の志士たちの姿を知ることができたと感謝の気持ちをこめて手を合わせました。 


 その後、元来た龍馬通りを下って再び市電に乗り、崇福寺を訪ねました。

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 俗に竜宮門と呼ばれている、三門です。 

 崇福寺の本堂自体は17世紀に建てられましたが、この門は19世紀幕末の頃、中国人の指導の元に作られたそうです。 う~ん、本当に竜宮城に来たみたいでまさに中国寺と言う感じ☆ ワクワクします~♪

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 三門をくぐって階段を上ると第一峰門が見えてきました。 こちらの門はもっと古く17世紀のもの。 長崎にある3つの国宝のうちのひとつだそうです。

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 境内に入ると色鮮やかなお寺の全景が目に入ってきました。 なかなかエキゾチックで華麗なお寺です☆ 

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 雨に塗れた境内もなかなかおつなもの・・・ 

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 御法堂に奉られていた観音菩薩像です。

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 境内の奥にある媽祖堂門です。 

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 媽祖堂門の前には大釜がでんと据えられていました。 17世紀天和年間の飢饉のときに、この釜で粥が炊かれて一般民衆に配られたそうです。

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 媽祖堂門をくぐると見える媽祖堂です。 媽祖とは海の神とされていて、昔の唐船主たちが航海の安全を祈るためにお堂を造ったと伝えられています。

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 上につるされているのは、食事のときに合図として叩いて鳴らす魚鼓です。 

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 かなり大きいこの魚・・・きっと境内に響き渡るような大きな音が出るのでしょうね。

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 魚鼓の下には、ドラマで高杉や龍馬が座っていたような陶器製(?)の中華風のテーブルと椅子もありました☆

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 境内のお土産屋さんには福山龍馬の写真も貼られていました。 ここも大河のロケ地ということで修学旅行生などの観光客が増えたのでしょうね。

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 この手前の小さな祠のようなものは何かと不思議に思って店の人に聞いてみると、中国では正月にここでお札を燃やして、あの世へのお賽銭としてこの穴の中に捨てていたそうです。 面白い習慣ですね~

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 帰りに再び三門をくぐるときに上を見上げると、 まるでしゃちほこのような木彫りの魚が☆

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 どこをとってもエキゾチックで長崎の町の雰囲気にぴったりの素敵なお寺でした。 本当、上海帰りの高杉と会うにはびったりの素敵なデートスポットですね♪

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 今回も長くなってしまった旅日記、お付き合いいただきありがとうございます。

 明日は二日目の午後、花月長崎まちなか龍馬館などを訪ねます。

 よろしければまたお付き合いください♪
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